一九八四年 ジョージ・オーエル | hirari

一九八四年 ジョージ・オーエル


hirari-1984

松本で行われた友人の結婚式は
それはそれは楽しく素晴らしいものだった。


本当は前乗りして、
静かな民宿に泊まって本を読もうと思っていたのに、
結局二日酔いがひどくて、
当日の出発となった。


今回の旅に持っていったのは
ジョージ・オーウェルの「一九八四年」。
文庫だし、旅に持っていくのに適切な本だ。
長すぎると重いし、短すぎると行き帰り分もたない。
引きずり込まれすぎると現実に戻れなくなってしまうし、
世界観が深すぎるとなかなかそこに入っていけない。
そういう意味ではとてもいい本だった。


あずさに乗って、長い列車の旅に出る。
長い列車に乗って本を読むのがすごく好き。
車窓から見える風景はどんどん緑の面積が広くなり、
少しだけうきうきする。
田んぼと山と少しの家、田舎の風景。


夕方近くから人前式、披露宴が始まる。
街中の小さな会場だったけれど、
大袈裟すぎないインテリアや

ちゃんとおいしいお食事が好ましいと思った。
働き始めてから知り合ったひとつ年上の新婦は
もともと美しく健やかなひとであったが、
ウェディングドレスも着物もそのあとのドレスも
神々しいくらいの美しさだった。
そしてみんなで二次会になだれ込み、
飲めや踊れやのパーティー。
サルサを教えてもらって、私も少しだけ踊った。


新婦が披露宴で読む手紙というのが、
私は大好きで、
その人の人柄とか生き方とか家族との関係が
ものすごくよくわかるからなんだけど。
彼女の手紙はけっして感情的ではなく、
とても筋が通って感謝の気持ちを正しい言葉で綴った丁寧なお手紙で、
泣き上戸の私が珍しく泣かなかったけれど、
でもとても心に残る内容だった。
彼女と私は少しだけ育った環境や境遇が似ていて、
自分に通じる部分がたくさんあると思った。
「私にしてくれたたくさんのことに感謝します。
そうしたことでパパやママが我慢してきたことが
たくさんあったんじゃないかな、といまになって思います」


次の日は友人とふたりで安曇野めぐり。
野菜がきちんと入ったパスタを食べ、
別荘地のなかのギャラリーでお皿とコップを買い、
美しい田園風景をだらだらとドライブする。
窓を開け放つと、ひんやりとした風が入ってくる。
山があって、田んぼが広がって、空が高くて、
道端にはひまわりやレンゲが咲き乱れる。
正しい田舎の風景。
おそらく地理学的にいえば、
木々や花の種類や地形が異なるのだろうけれど、
日本の田舎の風景ってどこに行ってもおんなじだなあ、と思う。
おんなじなのが悪いんじゃなくて、私はそれがすごくいいと思う。
安心するし、いつも子供のころに見た田舎の風景とだぶって
郷愁で心がいっぱいになる。


夜になる少しまえに、友人と別れ、再びあずさに乗り込む。
すぐに「一九八四年」を読み始めながら
車窓に目をやると、日が沈んだあとの赤みが少しだけ空に残っていた。
山の稜線がまるで影絵のようにはっきりと見える。
時間が経つほどに稜線は夜の闇にとけ、
山が無くなったのが先か、夜になったのが先か、
窓の先の遠くにはただ暗闇だけが広がっている。