小説を書くということ | hirari

小説を書くということ

年下の友達が、
うちに泊まった置き土産に小説を残してくれた。
「書きたての小説を持っていくね」
と言われて、はて、と思っていて、
なんだかFDとか持ってきてくれるのかな?
とかよくわからない想像をしていたら、
A4の用紙にプリントアウトしたものを
ファイルに入れて渡してくれたのだ。


雪、のおはなし。
ポール・ギャリコの本を思い出しながら、
寒い夜に布団にくるまりながら小さな灯りのもとで読んだ。
様々な形の雪の結晶がしんしんと私に降り注いで、
でもそれは冷たくなくて、
肌の熱に溶けるように私の体に染み込んでいって、
それは熱というものを持っていないのに、
私の体を少しだけ温めてくれた。


彼女そのものだ。と思った。
彼女の人生、彼女の人そのもの。
言葉ひとつひとつが柔らかくて
白くて丸くて優しい彼女そのものだった。
そして、私は小説というのは、
その人の人生そのものを表すんだなあ、
となんだか感心してしまったのです。


そうして、昨日。
いつも夜な夜な飲みにつれていってくれる
会社の先輩が「小説を書いている」という話を聞いて、
私は不思議な気持ちがした。
本当に頭が良くて、仕事ができて、美しい文章を書く人。
ああ、この人は小説を書く人だったのだ、
と思って先輩のことが本当によくわかったような気がした。


私は小説を読むのがだいすきだけど、
小説を書こうと思ったことは一度もなかったなあ、
と不思議な気持ちになった。

人はどうして小説を書くのでしょう。