「百万円と苦虫女」タナダユキ | hirari

「百万円と苦虫女」タナダユキ

友人と食事でもしようかと電話をしたら、

いま実家に帰っているのだ、と彼は言った。

親しいお友達が高波に飲まれて亡くなったのだという。

故人は学生時代の友人で、私は会ったことがないけれど、

何度となく話に聞いていた女の子だった。


夏の終わりの警備員のいない海で泳いでいたら高波にさらわれたこと。
もうひとりの女の子はかすり傷だけで助かったこと。
泣きたいけど、泣いちゃいけないと思って泣いていないこと。
彼女が死んだことがまだ信じられない。
友人から電話がかかってきて、彼が泣いていたこと。
友人にメールしたら、「彼女は親不孝だ。残された人たちはこの悲しみをどうしたらいいというのか」という返事が返ってきたこと。
今回のことで、自分は悔いなく生きなくちゃいけないと思ったこと。


とつとつと語る彼の話を聞いて、私は彼の語る故人の姿しか知らないけれど、涙が出た。
本当は彼女のことを知らない私が泣いたりなんかしちゃいけない、と思ったけど、
泣いていない彼と泣いた彼のことを思ったら悲しみが流れ込んできて、 耐えられなかった。
そして突然、すごくすごくすごくすごくすごくすごくすごくすごくすごく怖いと思った。
波が、嵐が、地震が、病が、何か得体の知れないものが、私の大切な人を奪ってしまう。
話している友人や、会えていない友人や、大好きな人や、家族が突然どこかに消えてしまうことを考えて、途方もなく絶望的な気持ちになった。
こわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわい。
そして、私は話している友人に対してもごめんなさい、と思った。
彼はどう考えたって私の大切な友人なのに、大切にできていないと思った。
それから生きることをわかっていないくせに、「死にたい」とか言うやつは大馬鹿やろうだ、と思った。
十分に生きてもいないくせに死にたいなんて100万年早いんだよ。
自分がどれだけ人に愛されて大切にされているかわかっていないのだ、と思った。

どうしてそんなこともわからないの?と思って、電話を切ったあと、わんわん泣く。


ひとりきりで部屋にいるのに耐えられなくなって、

雨が弱くなるのを待って 長靴を履き、 街へ出かける。
人との話に出てずっと見ようと思っていた「百万円と苦虫女」を見た。
蒼井優はやっぱり天才だ。
彼女のような細い手足と首が欲しいなあ、とため息をつきながら見る。
百万円貯めたら、この街を出て次の街へ行く。
人と深く関わると面倒くさいことに巻き込まれてしまうから、

それがイヤだから深く関わりそうになるとそこから逃げるような生き方を選ぼうとする。
だけど、そんな風には生きられないのだ、だれも。
私は同じ場所で生きているし、ずっと同じ会社にいるけれど。
でも主人公の鈴子に少し似ているところがあるように思った。
意外なことに小学生の弟がキーワードになっていて、

ふたりが手をつないで家に帰るシーンは泣けてしまった。
予告では森山未来くんとつきあうところが山場なのかと思っていたら、

ちゃんとその後まで描かれていてよかった。

そしてつまらない感傷に流されず、つまらないハッピーエンドでないところも。
そうよ、鈴子、あなたはまだ若いのだから。と思う。
若い物語で、もう30になってしまった私にはちょっと物足りないけれど、

あー若いってこういう感じって思ったし、それを十分に描いている作品だった。

無駄なシーンなどなく、どの出演者も好演していて、完成度が高い。


それにしても私も本当は苦虫女で、

本当はこんな風に自分に素直に生きていけたらどんなにいいだろうと

思いながらもう30にもなってしまって。

職業病もありながら、作り笑いばかりして、

言いたくないことや思ってもないことばかり言って生きている私は、

このあとどれくらいこんなことを続けていけるのか、

いったいどうなってしまうのだろうと、少しだけ悲しくなった。


傘が邪魔だと思って、映画館に寄付して映画館を出たら、

雨が降ってきて、結局かさを買うことになった。

ブックファーストがなくなってから

(移転したブックファーストはぜんぜん好きになれなかった)、

私は夜の渋谷で行き場所がなくて悲しい。

夜の9時とか10時とかで、でもまだ家に帰りたくないとき、

私はどうしたらいいの?と思う。


リブロまで行ってみたらもう閉まっていて、文教堂に行った。

じゃんじゃん降る雨の中、あー長靴を履いてきてよかったと思う。

雨の日の私は使い物にならないけど、長靴があれば少しはまし。

ちゃんと歩ける。


文教堂は広いけどなんだか陰気な感じがして

ぜんぜん好きじゃなかったけど、

最近ずっと探していた本が3冊もあってびっくりした。

もとやコーヒーで十番を飲みながらカウンターで本を読もうと思ったけど、

大きな窓から雨に濡れた街が見えて、

結局それを眺めていたらあっというまに閉店時間になった。

ツタヤでビデオを大量に借りて帰る。


夜しか活動してないくせに、

家に帰ったらぐったりしてしまって、ベッドに倒れこむ。
雨の音を聞きながら眠る。